Polkadot/Substrateにおけるデジタルアセット規格と実装技術:FRAME/PalletとXCM詳解
はじめに:Polkadot/Substrateエコシステムとデジタルアセット
ブロックチェーン技術の進化に伴い、デジタルアセットの管理・流通は多様なプラットフォームへと広がりを見せています。EthereumがNFTやERC-20トークンのデファクトスタンダードを確立した一方で、Polkadotおよびその基盤であるSubstrateフレームワークは、異なるアプローチで相互運用性とカスタマイズ性に富んだブロックチェーンネットワークの構築を目指しています。このPolkadot/Substrateエコシステムにおいて、デジタルアセットをいかに定義、管理、そして他のチェーンと連携させるかは、その実用性とエコシステムの発展において極めて重要なテーマとなります。
本記事では、ブロックチェーン技術に深い知見を持つエンジニアの皆様を対象に、Polkadot/Substrateフレームワークを用いたデジタルアセットの管理・実装技術について、その基盤となるFRAME/Pallet構造、主要なアセット関連機能、そしてクロスチェーンメッセージング(XCM)によるアセット連携の技術的側面を詳解します。
Polkadot/Substrateにおける技術スタック概要
Substrateは、カスタマイズ可能なブロックチェーンランタイムを迅速に開発するためのフレームワークです。Polkadot自体もSubstrateを用いて構築されており、Substrateによって開発された個別のブロックチェーン(パラチェーン候補)は、Polkadotリレーチェーンに接続することでセキュリティと相互運用性を享受できます。
Substrateの核となるのは、ブロックチェーンのステート遷移ロジックを定義する「Runtime」です。Runtimeは通常、Rustで記述され、WebAssembly (Wasm) にコンパイルされてブロックチェーンのステートに含まれます。これにより、Runtimeのアップグレードがフォークレスで行えるという特徴があります。
Runtimeは「FRAME (Framework for Runtime Aggregation of Modular Entities)」と呼ばれるモジュラー構造で構成されます。FRAMEは、ブロックチェーンの様々な機能を部品化・抽象化したもので、各機能は「Pallet」という単位で提供されます。開発者はこれらの既存Palletを組み合わせてRuntimeを構築したり、独自のPalletを作成したりすることで、アプリケーション固有のロジックを持つブロックチェーンを構築できます。
デジタルアセットの管理機能も、Substrateにおいては通常、FRAMEのPalletとして実装されます。
FRAMEによるデジタルアセット管理の基盤
デジタルアセット( fungible tokens や non-fungible tokens )の管理は、特定のPalletによって実現されます。FRAMEには、共通的に利用される機能を提供する標準的なPallet群が用意されており、これらを活用することで、アセット管理機能を効率的に組み込むことができます。
pallet-assets
によるFungible Token管理
最も基本的なFungible Token(代替可能トークン)管理機能は、FRAME標準のpallet-assets
によって提供されます。このPalletは、シンプルなトークン発行、残高管理、送受信といった機能を提供します。
pallet-assets
は、以下のような主要なコンポーネントで構成されます。
- Storage: アセットのメタデータ(発行者、名前、シンボルなど)や各アカウントの残高を保持します。
- Extrinsics (呼び出し可能な関数): アセットの作成、発行、転送、焼却(バーン)、凍結(フリーズ)、管理者設定など、ユーザーや特定のアカウントがRuntimeに対して実行できる操作を定義します。
- Events: アセットに関連する状態変化(転送、発行など)が発生した際に発行されるイベントです。これにより、オフチェーンのアプリケーションがRuntimeの状態変化を検知できます。
- Hooks: 特定のRuntimeイベント(ブロック終了時など)にPalletが反応するための仕組みです。
pallet-assets
を用いたアセット作成の概念的なExtrinsic呼び出しは以下のようになります。
// Runtime/lib.rs の一部、pallet-assetsを設定した例
impl pallet_assets::Config for Runtime {
type RuntimeEvent = RuntimeEvent;
type Balance = u128; // アセットの最小単位の型
type AssetId = u32; // アセットIDの型
type AssetKind = (); // アセットの種類(任意)
type NativeAssetId = (); // ネイティブアセットID(任意)
type ForceOrigin = frame_system::EnsureRoot<AccountId>; // 強制操作の権限
type AssetsCallback = (); // コールバック機能(任意)
type WeightInfo = pallet_assets::weights::SubstrateWeight<Runtime>;
type CreateOrigin = frame_system::EnsureSigned<AccountId>; // アセット作成権限
type Currency = Balances; // ネイティブ通貨のPallet
}
// RuntimeのExtrinsic呼び出し例(概念)
// asset_id: 0, min_balance: 1, admin: Alice
// アリスがアセットID 0を最小残高1で作成する
System::dispatch(
pallet_assets::Call::create {
id: 0,
admin: Alice,
min_balance: 1,
}
.into(),
Origin::signed(Alice)
)?;
// AliceがアセットID 0を100単位発行し、Bobに送る
System::dispatch(
pallet_assets::Call::mint {
id: 0,
beneficiary: Bob,
amount: 100,
}
.into(),
Origin::signed(Alice)
)?;
このように、pallet-assets
は、Runtime設定でその挙動をカスタマイズし、定義されたExtrinsicを通じて操作します。これはEthereumにおけるERC-20スマートコントラクトのデプロイと関数呼び出しに相当する概念ですが、PalletとしてRuntimeに組み込まれるため、より深くRuntimeの他の機能と連携できる可能性があります。
NFT管理に関連する技術
SubstrateエコシステムにおけるNon-Fungible Token(NFT)の標準化は進化の途上にあります。いくつかの標準化提案や、NFT管理に特化したPalletが存在します。
pallet-uniques
: FRAMEが提供するもう一つの標準Palletで、ユニークなアイテム(NFT)の管理に用いられます。コレクションIDとアイテムIDの組み合わせで個々のNFTを識別し、所有権管理、属性設定、転送などの基本的な機能を提供します。- カスタムNFTパレット: 特定のアプリケーションロジック(例: ゲームアイテム、デジタルアート)に合わせた独自のNFTパレットが開発されることもあります。例えば、RMRKプロジェクトはSubstrate上で「Composable NFT」という、他のNFTを所有できる革新的なNFT標準とそれを実装したPalletを提供しています。
- 共通アセットハブ(Statemine/Statemint): PolkadotおよびKusamaネットワークには、共通の資産を管理するためのParachain(Common Good Parachain)であるStatemint (Polkadot) / Statemine (Kusama) が存在します。これらのParachainは、
pallet-assets
やpallet-uniques
をベースにしたアセット管理機能を提供しており、エコシステム全体で利用されるアセットのハブとしての役割を担います。ここで発行されたアセットは、後述のXCMを通じて他のParachainに転送可能です。
pallet-uniques
の概念的なExtrinsic呼び出し例:
// コレクションID 1を作成 (所有者はAlice)
System::dispatch(
pallet_uniques::Call::create {
collection: 1,
admin: Alice,
}
.into(),
Origin::signed(Alice)
)?;
// コレクションID 1にアイテムID 10をmint (所有者はBob)
System::dispatch(
pallet_uniques::Call::mint {
collection: 1,
item: 10,
owner: Bob,
}
.into(),
Origin::signed(Alice)
)?;
pallet-assets
と同様に、pallet-uniques
もRuntime設定とExtrinsicを通じて操作されます。
クロスチェーンメッセージング (XCM) によるデジタルアセット連携
Polkadotエコシステムの主要な特徴は、異なるParachain間での相互運用性です。デジタルアセット管理において、これはあるParachainで発行されたアセットを別のParachainに転送したり、異なるチェーン上のスマートコントラクトやPalletと連携させたりする能力を意味します。この相互運用性を実現するメカニズムがXCM (Cross-Chain Message) です。
XCMは、異なるコンセンサスシステムやステートマシンを持つチェーン間でメッセージを安全かつ信頼性高く交換するための言語・フォーマットです。アセットのクロスチェーン転送も、XCMメッセージによって実現されます。
アセット転送に関連するXCMの概念:
- MultiLocation: XCMにおいて、アセットやアカウント、Palletなどのリソースは
MultiLocation
という形式で識別されます。これは、メッセージの送信元または宛先のチェーン、チェーン内の特定のPalachain ID、さらにそのチェーン内の特定のPalletやアカウントなどを階層的に表現します。アセット自体も、発行元チェーンとそのチェーン内でのアセットID(pallet-assets
のIDなど)を含むMultiLocation
で表現されます。 - MultiAsset: 転送されるアセットは
MultiAsset
という形式で表現されます。これはアセットのMultiLocation
とその量(Fungibleの場合)または個数(Non-Fungibleの場合)を含みます。 - Instruction: XCMメッセージは一連の
Instruction
で構成されます。アセット転送に関連する代表的なInstructionには、WithdrawAsset
(送信元チェーンからアセットを引き出す)、ReceiveAsset
(受信先チェーンでアセットを受け取る)、TransferAsset
(アセットを別のアカウントに転送する)、DepositAsset
(指定されたロケーションにアセットを預け入れる)などがあります。
例えば、Parachain AからParachain BへStatemineで発行されたアセット(XC-20トークンなど)を転送する場合、Parachain AはXCMメッセージを作成し、リレーチェーン経由でParachain Bに送信します。メッセージには通常、引き出すアセットのMultiAsset
、宛先チェーン(Parachain B)の指定、そしてParachain Bでアセットを預け入れるアカウントのMultiLocation
などが含まれます。
XCMによるアセット転送は、ERC-20などの標準に比べて複雑な側面がありますが、これは異なるチェーン構造を持つシステム間での高度な相互運用性を実現するための設計です。開発者は、XCMの仕組みを理解し、Runtime内でXCMメッセージを生成・処理するための適切なPallet(例: pallet-xcm
, pallet-xcm-bridge-hub-rpc-interface
など)を設定・利用する必要があります。
実装上の考慮事項と開発リソース
Polkadot/Substrate上でデジタルアセット関連機能を実装する際には、以下の点を考慮する必要があります。
- Runtime開発環境: Substrateノードのセットアップ、Rustコンパイラ、
subxt
やpolkadot-js/api
などのクライアントライブラリの利用方法を習得する必要があります。 - Palletの選定とカスタマイズ: 目的に応じて
pallet-assets
やpallet-uniques
などの標準Palletを利用するか、カスタムPalletを開発するかを決定します。標準PalletもRuntime設定を通じて一部挙動をカスタマイズ可能です。 - ストレージの設計: アセットに関連するデータ(残高、メタデータ、所有権など)のオンチェーンストレージ設計は、ストレージ費用やクエリ性能に影響します。
- セキュリティ: Runtime開発は低レベルな操作を含むため、セキュリティは極めて重要です。Palletのロジックミスは、アセットの不正発行や消失に直結する可能性があります。FRAMEのセキュリティベストプラクティスに従い、厳格なコードレビューやテストを行う必要があります。
- XCMの実装: クロスチェーンでアセットを連携させる場合は、XCMの複雑性を理解し、適切なPallet設定とメッセージ構築が必要です。異なるチェーン間でのアセット表現の正規化(
MultiLocation
の適切な設定)も重要です。 - 開発ツールとドキュメント: SubstrateおよびPolkadotの公式ドキュメントは充実しており、開発に不可欠です。また、Polkadot-JS AppsやSubscanなどのエクスプローラーは、オンチェーンの状態確認やデバッグに役立ちます。
まとめと今後の展望
Polkadot/Substrateフレームワークは、カスタマイズ性の高いRuntimeと、XCMによるネイティブな相互運用性を基盤として、柔軟なデジタルアセット管理ソリューションの構築を可能にします。pallet-assets
やpallet-uniques
のような標準Palletは、FungibleおよびNon-Fungibleアセットの基本的な管理機能を提供し、開発者はこれらを活用または拡張して独自のロジックを実装できます。
XCMは、異なるParachain間でアセットをシームレスに転送・連携させるための強力なメカニズムであり、Polkadotエコシステムにおけるデジタルアセットの流動性と応用範囲を大きく広げます。Statemine/Statemintのような共通アセットハブの存在も、エコシステム全体でのアセット利用を促進しています。
今後の展望として、Substrate上でのNFT標準化の進化(RMRKのような先進的な標準の普及)、XCMv3などXCMプロトコルの機能拡充、そしてより開発者フレンドリーなアセット管理Palletやツール群の登場が期待されます。Polkadot/Substrateは、相互運用可能なマルチチェーン環境におけるデジタルアセット管理の新たな可能性を切り開くプラットフォームと言えるでしょう。
ブロックチェーンエンジニアの皆様にとって、Polkadot/Substrateは、デジタルアセットの概念をさらに深掘りし、チェーン固有のロジックとエコシステム全体の連携を考慮した高度なシステムを設計・実装するための、魅力的な技術スタックであると考えられます。