ERC-2981とスマートコントラクトを用いたデジタルアセット二次流通ロイヤリティ分配技術
はじめに
デジタルアセット、特にNFT(Non-Fungible Token)エコシステムの成長に伴い、二次流通市場におけるロイヤリティ分配の仕組みが重要視されるようになりました。クリエイターや一次販売者が、その作品が二次市場で取引されるたびに収益の一部を得られるようにすることは、持続可能な創作活動を支援する上で不可欠です。ブロックチェーン技術、特にスマートコントラクトは、このロイヤリティ分配を自動化し、透明性を持たせる可能性を提供します。しかし、異なるマーケットプレイスやプラットフォーム間での互換性、技術的な実装上の課題が存在します。
本記事では、デジタルアセットの二次流通ロイヤリティ分配をスマートコントラクトを用いて実現する技術に焦点を当て、特に広く採用されているERC-2981(NFT Royalty Standard)標準の技術的な詳細、その実装方法、そして克服すべき技術的な課題について掘り下げて解説します。
デジタルアセットの二次流通ロイヤリティに関する技術的要求
デジタルアセットの二次流通におけるロイヤリティ分配を実現するためには、以下の技術的要求を満たす必要があります。
- 自動性: ロイヤリティの計算と分配が、二次取引発生時に自動的に実行される必要があります。
- 不変性: ロイヤリティ料率や分配先が、発行後に不正に変更されないようにする必要があります。これはブロックチェーンの特性を活かす点です。
- 標準化: 異なるマーケットプレイスやアプリケーションが同じデジタルアセットを取り扱う際に、共通のロイヤリティ情報を取得・解釈できる標準が必要です。
- 柔軟性: 複数の受取人への分配、料率の変更(限定的)、特定の条件に基づくロイヤリティ計算など、ある程度の柔軟性が求められる場合があります。
- 効率性: ロイヤリティ計算や分配に伴うガス消費量を最小限に抑える設計が必要です。
ERC-2981(NFT Royalty Standard)の技術詳細
ERC-2981は、イーサリアム上でNFTのロイヤリティ情報を取得するための標準インターフェースを定義するEIP(Ethereum Improvement Proposal)です。この標準は、ERC-721やERC-1155といった主要なNFT標準に組み込む形で実装されます。
ERC-2981は、IERC2981
インターフェースによって定義される以下の関数を持ちます。
interface IERC2981 {
/// @notice Given a sale price, return royalty amount and receiver
/// @param tokenId - the NFT asset.
/// @param salePrice - the sale price of the NFT asset.
/// @return receiver - address of royalty receiver.
/// @return royaltyAmount - the royalty amount that should be paid to the receiver.
function royaltyInfo(uint256 tokenId, uint256 salePrice) external view returns (address receiver, uint256 royaltyAmount);
}
このroyaltyInfo
関数は、特定のtokenId
(NFT)が指定されたsalePrice
で取引された場合に、ロイヤリティを受け取るべきreceiver
のアドレスと、そのroyaltyAmount
(販売価格に対する割合や固定値など、計算されたロイヤリティ額)を返します。この関数自体はロイヤリティの支払いを実行するわけではなく、あくまでマーケットプレイスなどの外部アプリケーションがロイヤリティ情報を照会するためのインターフェースを提供します。
マーケットプレイス側は、NFTの二次取引が発生した際に、そのNFTコントラクトがERC-2981をサポートしているかを確認し、royaltyInfo
関数を呼び出してロイヤリティ情報(受取人アドレスと金額)を取得します。その後、取引金額からロイヤリティ額を差し引き、指定された受取人アドレスに送金する処理をマーケットプレイスのスマートコントラクトまたはバックエンドシステム内で実行します。
ERC-2981の実装方法
ERC-2981をスマートコントラクトに実装するには、通常、既存のERC-721またはERC-1155コントラクトにIERC2981
インターフェースを継承させ、royaltyInfo
関数を実装します。OpenZeppelinなどの標準ライブラリは、ERC-721やERC-1155に加えてERC-2981のMix-inコントラクトを提供しており、これを利用することで比較的容易に実装できます。
例えば、OpenZeppelinのERC721
コントラクトにERC2981
の機能を組み込む場合、以下のような構造になります(簡略化された概念コード)。
// SPDX-License-Identifier: MIT
pragma solidity ^0.8.20;
import "@openzeppelin/contracts/token/ERC721/ERC721.sol";
import "@openzeppelin/contracts/token/ERC2981/ERC2981.sol";
import "@openzeppelin/contracts/access/Ownable.sol";
contract MyNFTWithRoyalty is ERC721, ERC2981, Ownable {
uint256 private _defaultRoyaltyPercentage;
address private _defaultRoyaltyReceiver;
constructor(string memory name, string memory symbol, address initialOwner)
ERC721(name, symbol)
Ownable(initialOwner)
{}
// トークンごとのロイヤリティ情報を設定することも可能だが、ここではデフォルトを設定
// royaltyInfoはERC2981内部で実装される
function setDefaultRoyalty(address receiver, uint96 percentage) public onlyOwner {
_defaultRoyaltyReceiver = receiver;
_defaultRoyaltyPercentage = percentage; // percentageは10000が100%を意味することが多い
}
function _initializeOwnable(address initialOwner) internal override {
// OpenZeppelinのOwnable初期化メソッドをオーバーライドしてコンストラクタから呼び出す
__Ownable_init(initialOwner);
}
// ERC2981の抽象関数を実装 (OpenZeppelinのERC2981コントラクトが提供)
// ここではデフォルト設定に基づいて計算する例
function _royaltyInfo(uint256 tokenId, uint256 salePrice)
internal
view
override(ERC2981)
returns (address, uint256)
{
uint256 royaltyAmount = (salePrice * _defaultRoyaltyPercentage) / 10000; // 例: 10000 = 100%
return (_defaultRoyaltyReceiver, royaltyAmount);
}
// その他のERC721関数 (_safeTransferFromなど)
}
この例では、コントラクトオーナーがデフォルトのロイヤリティ受取人アドレスとパーセンテージを設定できます。_royaltyInfo
関数は、OpenZeppelinのERC2981
コントラクト内で定義されており、この例ではシンプルな計算ロジックを示しています。実際の実装では、トークンごとに異なるロイヤリティ情報を設定するような複雑なロジックをroyaltyInfo
内で実装することも技術的には可能です。
重要なのは、royaltyInfo
関数がview
関数であるという点です。これは、ブロックチェーンの状態を変更せず、ガスコストなしで呼び出せることを意味します。ロイヤリティの実際の支払いは、この関数で取得した情報に基づいて、マーケットプレイス側の責任で行われます。
市場におけるERC-2981の採用状況と課題
ERC-2981は、OpenSea、LooksRareなどの主要なNFTマーケットプレイスや、多くの新しいプロジェクトで広く採用されています。この標準があることで、NFTコントラクトはロイヤリティ情報を共通の方法で公開でき、マーケットプレイス側はそれを簡単に取得できます。
しかし、いくつかの技術的な課題も存在します。
- マーケットプレイスによる実装の差異: ERC-2981はロイヤリティ情報の「取得」方法を標準化しますが、その情報の「利用方法」や「支払い実行方法」はマーケットプレイスの実装に依存します。例えば、一部のマーケットプレイスではERC-2981を無視したり、独自のロイヤリティ設定方法(オオフチェーンでの設定や、独自のスマートコントラクト関数への依存など)を採用したりする場合があります。
- オンチェーンでの強制力の限界: ERC-2981自体は支払いを強制するものではありません。支払いを行うのはマーケットプレイス側のスマートコントラクトまたはシステムです。したがって、ERC-2981に準拠しないマーケットプレイスや、意図的にロイヤリティを支払わないシステムに対しては、オンチェーンでの技術的な強制力は及びません。これは、「ロイヤリティフリー」なマーケットプレイスが登場する技術的な背景の一つです。
- 複雑なロイヤリティロジックへの対応:
royaltyInfo
関数は比較的シンプルですが、特定の条件(例: 特定の期間内の取引、特定のウォレット間の取引)に基づいてロイヤリティ率を変更したり、複数の受取人に分割して分配したりするなど、より複雑なロイヤリティロジックを実装する場合、royaltyInfo
関数内での計算が複雑になる可能性があります。また、計算に外部データ(オラクルなど)が必要な場合は、view
関数内でそれを扱うことができないため、設計上の工夫が必要です。 - ガス効率: ロイヤリティ計算が複雑になると、
royaltyInfo
関数自体の実行コストは低いものの、支払いロジックを含むマーケットプレイス側の取引処理全体のガス消費量が増加する可能性があります。 - セキュリティ: スマートコントラクトにロイヤリティロジックを実装する際には、他のスマートコントラクト開発と同様に、再入可能性攻撃、権限管理の不備、計算誤差などのセキュリティリスクに注意し、厳格なテストとセキュリティ監査を行う必要があります。
技術的課題への対策と今後の展望
上記の課題に対し、いくつかの技術的な対策や今後の展望が考えられます。
- マーケットプレイスの標準準拠促進: エコシステム全体としてERC-2981のような標準への準拠を推進することが、ロイヤリティ分配の信頼性と相互運用性を高める鍵となります。技術的な取り組みに加え、コミュニティやビジネス上の合意形成も重要です。
- プロトコルレベルでのロイヤリティ対応: 一部のブロックチェーンプロトコルやNFT標準の進化として、ロイヤリティ分配をよりプロトコルに近いレベルで強制またはサポートする提案も検討されています。しかし、これは標準化と合意形成に時間を要します。
- オフチェーンデータの活用: より複雑なロイヤリティ計算が必要な場合、信頼できるオフチェーンデータソース(オラクル)を活用し、その結果をオンチェーンで検証可能な形で利用するハイブリッドなアプローチも考えられます。ただし、これにはオラクルの信頼性という新たな課題が伴います。
- スマートコントラクト設計の最適化: 複雑なロイヤリティロジックを実装する際には、ガス効率を意識した計算方法の選択や、計算をオフチェーンで行いオンチェーンで検証するような設計パターン(ただし、分散性のトレードオフが発生する可能性があります)を検討する必要があります。
- セキュリティ対策の徹底: ロイヤリティ機能を実装するスマートコントラクトは、入念なコードレビュー、単体テスト、統合テスト、そして専門家によるセキュリティ監査を必須とすべきです。
まとめ
ERC-2981とスマートコントラクトを用いたデジタルアセットの二次流通ロイヤリティ分配は、クリエイターエコノミーを支援する重要な技術です。ERC-2981標準は、マーケットプレイスがNFTのロイヤリティ情報を取得するための共通インターフェースを提供し、エコシステム全体の相互運用性を向上させています。
しかし、この技術の実装と運用には、マーケットプレイス間の標準準拠の差異、オンチェーンでの強制力の限界、複雑なロイヤリティロジックへの対応、ガス効率、セキュリティなどの技術的な課題が存在します。これらの課題に対しては、標準の普及促進、プロトコルの進化、設計パターンの工夫、そして厳格なセキュリティ対策によって対応していく必要があります。
今後、デジタルアセット市場が成熟するにつれて、ロイヤリティ分配の仕組みはさらに洗練され、技術的な標準化も進んでいくことが期待されます。エンジニアとしては、最新の標準動向を追いつつ、これらの課題を解決するための技術的なアプローチを検討していくことが重要です。